増資交渉のカウンターパートは驚くことに東大法学部卒のエリート。非常に頭の切れる人で、総合商社内でも各所に顔が利く。この人となら、もしかしてなんとかなるかと思ったが、甘くはなかった。毎週パワポを作り、相手方本社に通い、あの手この手で業界説明や当社の将来性をプレゼンするも、相手方のCFOで止まり話が先に進まない。
そりゃそうさ、うちのBSは最悪だもんなあ。
この話も、この会社での自分の立場も終わりだな、と諦めかけたときに風が吹いた。あとから思うと、このまま会社を去っていた方が運気が開けていたのかもしれないが、事態は好転することになる。
この案件の担当ではあるものの、本音では外部資本の導入には後ろ向きだった専務。社長に呼ばれプレッシャーをかけられたようで、泣きついてきたのだ。増資がまとまらないと自分は大変なことになると。非協力的だったくせに何を今更とは思ったが、これを使わぬ手はない。
実は専務には虎の子の事業があって、これに手を出すと面倒なことになると、あまり触れないようにしていた。しかしそれを一部切り出して商社との共同事業化する提案を専務に飲ませた。今後の成長が見込まれる分野であり、商社の協力も得られるウィンウィンの提案になり、なんとか増資の引き受けも決まった。
総合商社は増資だけでなく、カウンターパートを常駐役員として派遣してきた。増資と総合商社役員派遣の信用力補完効果はすさまじく、会社の資金繰りも一気に安定した。
普通に考えると自分も安泰、
のはずだったのだが、そうはいかなかった。表面上はそんな雰囲気もあったのだが、ポジションは上がらず。なんちゃって部長のランクではあったものの、役員どころかライン部長になることもなかった。また商社との合弁会社の社長どころか役員にもならなかった。結局、商社派遣役員のもとで商社との共同事業開発という、老舗企業からみると誰もやりたくないポジションのままだった。
後から思うと理由は明らかだった。この一件で専務はその後社長になるのだが、専務からみると触ってほしくない事業を売り飛ばした自分を快く思っていなかったわけだ。いや実際は怒っていたのだ。そのおかげで会社の信用力は補完され、専務はその後社長になるのだから、もう無茶苦茶なのだが、こういう井の中の蛙的な老舗企業ではよくある話だ。
この時に気づくべきだった。
俺ももう完全に難癖クラスター入りしているんだ、と。
これはほんの一例で、その後もこうした事態は何度も続いていく……いや本当に何度干されたことか。
ただ本来のテーマから離れていくので、身の上話(失敗談)はこのくらいにしておく。次回からは、その後ギリギリそこそこうまく生きていけたのか?について書いていくことにする。
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