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前回は主に労働生産性から日本企業の競争力はAIでどうなるんだろう?という観点から今の考えをまとめてみた。今回はもう少しブレイクダウンしてAIは人間にとってコスパが合うのか?今より幸せになるのか?みたいなことを書き残しておこうと思う。
そのことを考察するためにまずは自分の職業人としてほとんどの時間を通して体験したインターネットによる産業変革を振り返ってみたい。1989年に大学卒業して最初に就職した会社には各フロアにコピーFAXの複合機、机の島ごとに一台、おそらく十数人に一台のパソコンが配置されていたように思う。パソコンには一太郎(ワープロ)とロータス(表計算)がインストールされていた。
職場はバブル期でもあり爆発的成長の最中で異常に忙しかったが給料やボーナスもうなぎ上りだった。自分も新人ながら遅いランチにも行こうものなら折りTEL(死後:折り返しの電話)の付箋が机に物凄い量貼られていたものだった。当時恐らく何十件も得意先電話番号を暗記していたと思う。
インターネットに出会ったのは1997年くらいで当時相当早い部類だったと思う。すぐにその可能性に気づき会社に本格導入を働きかけ、会社も他社に先駆けて対応して、数年で社員全員の机の上にパソコンが並びもちろんネットにも接続された。
その後の世の中はネットによる通信コミュニケーション革命によって急速に便利になり、以前に比べて空間や時間の制約がどんどん小さくなっていった。
さてこれで人間は楽になり、給料も投入労働力に比べ上昇したのか?
事実は小説より奇なり
自分の実感として人間はますます忙しくなった。仕事においても時間と空間の制約がどんどんなくなり、その後の携帯電話からスマホの普及で、一人の人間がこなすタスクが飛躍的に増えていった。
その割に給料はさほど上がらなかった。これはデフレ化の日本だけで起こったわけではない。給料が上昇した各国も応分の物価上昇をしており、結果的に可処分所得は増えておらず状況は日本とたいして変わらない。
つまりインターネットによって凄く便利になったが、強烈に忙しくなり、いつでもどこでも働かせられるハメになった。
これって人間にとってコスパは良かったのか?幸せになったのか?
さて話をAIに戻そう。まだ普及を始めているのは生成AIレベルにすぎない。それなのに既にとんでもない電力資源がAIに消費されている。多くは加熱するGPUを冷やすための空調設備だそうだ。AIと質問したり、おしゃべりしたりできるベネフィットのためにである。さっきまで環境問題に熱弁をふるっていた評論家もなぜかここはあまり指摘しない。やはりAIは明るい未来という根拠なき盲信ゆえであろう。
もちろんフィジカルAIなどによってもたらされる未来を全否定しているわけではない。莫大なエネルギーを消費させ、巨大な二酸化炭素排出をして、地球温暖化をさらに悪化させてまでの便益がAIよって本当に人類にもたらされるのだろうか?
仕事を奪われる人も多数発生し、多くの人間の創意工夫は必要ないものとされ、ほんの一握りのAIを支配する人間だけがあらゆるもの独占することになりはしないか?
少し長いスパンで考えると次期にブルーカラーの仕事もいつかはフィジカルAIに奪われるだろう。その時、ほとんどの人間は何をするのか?できるのか?
AIのために環境破壊をさらに進めて人類は何を得ようとしてどこに進んでいくのか?
現状のままではAIは人間にとってコスパ良いとはとても思えないし、今より幸せになるとも思えない。
ただ、もうこの流れは止められない。支配する側の人間が猛烈に走り始めているからだ。もしかすると自分の考えが及ばないだけで、何度書いたクエスチョンマークの答えがすでにあるのかしれない。でも浅学な自分にはとても解らない。
